インターンシップの学生さん&事務所スタッフと石巻、女川の被災地に行ってきました。
震災から一年以上の時が経っています。災害廃棄物の撤去は行われつつありますが、石巻では津波で流された車両が未だにしかるべき処理がされずにうず高く積み上げられていました。
続いて女川町に行きました。昨年11月に町議になった阿部みきこさんと会い、震災時やその後の状況を聞きました。
高台にある地域医療センターの1F(1メートル95センチ)まで津波が押し寄せたそうです。低地にあるビルは屋上まで津波が来て、避難してきたほとんどの方が命を落としたと阿部さんは話します。震災廃棄物(瓦礫)が道の両脇に高く積まれています。
すさまじい量ですが、それでもほんの一部です、さらに、環境省は「処理すべきがれきの総量は約2200万トン」としていますが、未だに解体されない建物も数多く残っているのが実情です。「総量」についてもどれくらいなのか、現地ではわからないというのが現実ではないでしょうか。
「首都圏をはじめ多くの自治体から、瓦礫の焼却は女川町単独でできないのかと言われるが、これだけの量の瓦礫の処理は自前だけではできない」
阿部町議は話します。町の75%が津波で流され、それ以外でも家が全壊となり、8割の人たちが家を失った。女川町の現実です。阿部さんもご自宅が津波で流され、仮設住宅で生活をしています。
阿部みきこさんは、お父様の代から脱原発の運動を続けています。阿部さんの車には「女川から脱原発を」ステッカーが貼ってありました。
「放射能が心配で瓦礫処
理を引き受けるかどうか悩んでいる自治体が多いのに、それ以上の放射能が含まれている放射性廃棄物をどの自治体が引き受けると言うのだろうか?女川原発から出る、放射性廃棄物はこれまで敷地内の貯蔵所に保管していたが、貯蔵所にもう少しで満杯になる位の量だった。昨年3月に許可を求めていたと言う
低レベル廃棄物貯蔵所増設が許可された。今後も稼働をすると言うのであれば、廃棄物は出続けてしまい、敷地内にどんどん貯蔵されてしまう」
「現在停止している女川原発だが、稼働をせずに廃炉にしても、20年から30年は廃炉にするために人手が必要。雇用の確保もできる。20年30年かけてエネルギー転換の道筋を決め、実行すればよいこと」
女川で生まれ育った阿部さんの熱い言葉をひとつひとつ頷きながら、脱原発への思い、活動をするぞとますますを強くしました。